『デミアン』神と悪魔と【アプラクサス】自分を縛る善悪という名の鎖

アイデンティティとは

私は、自分の中からひとりで出てこようとしたところのものを生きてみようと欲したにすぎない。なぜそれがそんなに困難だったのか。

『デミアン』新潮文庫 ヘルマン・ヘッセ 高橋健二訳  P6

ヘルマン・ヘッセの『デミアン』は第一次世界大戦後に書かれたもので、ヘッセ後期の作品に分類されています。無名の作家として偽名で出版したにもかかわらず青年たちの心を掴み、新人賞を受賞するまで評価されました。(ヘッセ作と判明し賞は返却)

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この作品が悩める青年たちにそこまでの衝撃を与えることができた理由、それは本作が自我の確立という人間の根源にかかわる重要なテーマを扱っているからにほかなりません。

翻訳者の高橋氏はこう述べています。

成功した作か、失敗した作であるかは別として、『デミアン』はヘッセが必死になって自我と取り組んだ力作であり、よかれあしかれ彼の代表作であることは衆評の一致しているところである。

『デミアン』新潮文庫 ヘルマン・ヘッセ 高橋健二訳 P217 解説より

「善かれ悪しかれ」と述べられていますが、アイデンティティ確立に際し重要となるのが「善悪の基準」です。

アイデンティティ」「善悪の基準」をテーマとして『デミアン』を解説していきます。

『デミアン』あらすじ

善悪の境界線

ラテン語学校に通う10歳の私、シンクレールは、不良少年ににらまれまいとして言った心にもない嘘によって、不幸な事件を招いてしまう。私をその苦境から救ってくれた友人のデミアンは、明るく正しい父母の世界とは別の、私自身が漠然と憧れていた第二の暗い世界をより印象づけた。主人公シンクレールが、明暗二つの世界を揺れ動きながら、真の自己を求めていく過程を描く。

同書 裏表紙

主人公シンクレールの周囲には2つの世界があります。

1つは聖書を信じる両親の教育に従った清く美しく正しい世界

もう1つは、噂話から殺人まで、家の外で現実に起こっている暗く暴力的な禁じられた悪魔の世界

相反する2つの世界の境界線は実に曖昧です。家中では清く正しい生活をしていても、外の世界で同じように過ごせるわけではありません。

私はときおり、なによりも好んで、禁じられた世界で暮した。そして、明るい世界に帰ることは——たとえそれがきわめて必要であり、ありがたいことであったとしても、——美しさの乏しい、より退屈な、より味気ない世界へのあともどりのようであることさえ珍しくなかった。

P12

厳格な両親のもとで正しい世界に属しているシンクレールですが、同時に禁じられた世界に魅かれています。

自分のうちに相反するものがあるのです。

そしてある日、シンクレールと暗い世界との繋がりが濃くなります。悪名高い不良少年、フランツ・クローマーと知り合いになってしまったのです。

彼の仲間になっているのを私は非常に胸苦しく感じた。このことを父が聞いたら、父はこういう交わりを禁止するだろうということがわかっていたからではなく、私はフランツ自身を恐れていたからである。だが、彼が私を仲間に入れ、他の連中と同じように取り扱ってくれたのを、私は喜んだ。彼が命令し、われわれは従った。

P15~16

不良少年フランツ・クローマーたちと行動をともにするようになったシンクレールでしたが、自分が異分子であることに不安を覚えます。フランツや他の少年たちが武勇伝や悪自慢で盛り上がるなか、「良い家庭の子」であるシンクレールは黙るしかないからです。

しかしフランツの怒りを買うことを恐れたシンクレールは、過去に泥棒をしたという嘘の話をします。

それが原因でフランツに脅されるようになったシンクレール。

私の罪は、悪魔に手をさしのべたことであった。なぜ私は父に従うより以上にクローマーに従ったのか。なぜ私はあの盗みの話をこねあげたのか。それが英雄的な行為ででもあるかのように、なぜ私は罪悪を自慢したのか。いまはもう悪魔が私の手をつかまえていた。

P25

クローマーに脅され続ける生活から彼を救い出してくれたのは、謎の少年デミアンでした。それを機に彼はデミアンの独特な感性に魅かれていきます。

非常に繊細で、出会った人々の影響を受け成長していくことができるシンクレール。彼はフランツやデミアンをはじめとした多くの出会いを通じて、悩み、苦しみ、不安定な少年から真の自分自身になるための道を切り開いていくのです。

内なる自分を解放することは大変な苦難を伴います。

すべての人間の生活は、自己自身への道であり、一つの道の試みであり、一つのささやかな道の暗示である。どんな人もかつて完全に彼自身ではなかった。しかし、めいめい自分自身になろうと努力している

P8~9

人は自分自身になるために努力します

しかしその道のりは一本道ではありません。長い時間をかけて彷徨いながら進むのです。

そしてその道を歩むことが許されているのは自分だけです。

われわれはたがいに理解することはできる。しかし、めいめいは自分自身しか解き明かすことができない

P9

助けてくれる人はいますが、最後には自分の力でゴールにたどり着かなければなりません。

『デミアン』の見どころ解説

善と悪とは

善と悪とは

明るい正しい世界、暗い禁じられた世界。神と悪魔。善と悪。

これらは作中に限らず現実の世界でもよく対比されます。

そもそも善悪の基準とはなんでしょうか。

恐らく正確に答えられる人はほとんどいないでしょう。その基準は人や場合によって違うからです。

思春期を迎えたシンクレールは自らが「禁じられた世界」に踏み込んでいこうとしていることに戸惑います。彼の世界では恋愛さえも悪しきものとされていたからです。

たとえそれが無意識であれ、正しい世界と禁じらた世界に対する葛藤は誰もが持っているもの。

シンクレールが見出した答えは必見です。

アプラクサス=善と悪の結合という視点

アイデンティティを獲得するためには

「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという」

P121

デミアンはシンクレールにこんな言葉を送りました。

抽象的でありながらどこか神秘的な印象を受けるフレーズ。

そしてアプラクサスとは一体なんでしょうか。

自身の葛藤に対する答えがそこにあると直感したシンクレールは、アプラクサスの謎を追い求めます。

神と悪魔、善と悪、明るさ暗さ。少年が成長し、自分自身になるためには、そうした相反するものに対する答えを見つけ出さなければなりません

「善悪の基準」「自分らしさ」に悩んでいる方は是非一読してみてください。