映画『ボヘミアン・ラプソディ』自分を殺して生まれ変わったフレディ

2018年に公開されたフレディ・マーキュリーの伝記的映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、伝説のバンド「クイーン」の結成から1985年のチャリティライブ、「ライヴエイド」までを描いた作品です。

同作では人種や同性愛、容姿など多くのコンプレックスを抱えていたフレディが成長する姿を、その波乱万丈な人生と共に見ることができます。

「ライヴエイド」で演奏され、同映画のタイトルにもなっている『ボヘミアン・ラプソディ』は異端の名曲として知られています。

難解とも言われる歌詞の意味を映画の内容と併せて解説していきます。

タイトル「ボヘミアン・ラプソディ」の意味は

ボヘミアン(Bohemian)とは、俗にジプシーを意味する言葉です。

一般にジプシーとは、「社会のルールや習慣に囚われず移動生活を行う人々」のことを言います。

そしてラプソディ(Rhapsody)とは、狂詩曲、すなわち自由な形式で叙事的な内容を記述した楽曲です。

※叙事詩は物事や出来事を記述する形の韻文。

(それぞれ参考:小学館Weblio辞書より)

これらを繋げると、ボヘミアン・ラプソディとは自由に生きる人々の自由な形式の曲と言うことができます。

難解と言われた『ボヘミアン・ラプソディ』歌詞の解説

かなり長い歌詞なので意味が伝わる程度に抜粋して解説していきます。

誰かを殺めたフレディ

Mama,just killed a man,

(ママ、人を殺したよ)

Didn’t mean to make you cry if I’m not back again this time tomorrow

Carry on carry on,

As if nothing really matters

(ママを泣かせるつもりはなかったんだけど、もし明日僕が戻らなくても、

どうか何事もなかったかのように過ごしていて)

Mama,ooo

I don’t want to die

I sometimes wish I’d never been born at all

(ママ、僕は死にたくないよ

時々、僕なんか最初から生まれてこなきゃよかったって思うんだ)

※この後急に曲調が変わり、オペラのようになります。

Mama mia,let me go

(ママ、行かせて)

Just gotta get right here

※今度は激しいロックな曲調に変化します。

(こんなところからは早く出ていかなきゃ)

Nothing really matters

Anyone can see

Nothing really matters

Nothing really matters to me

Anyway wind blows

Amazon prime musicより

※一転穏やかな曲調になります。

(何も問題なんてない

みんなわかるよ

何も問題ないって

僕には何も問題なんてないって

どのみち風は吹く)

*************

この曲は穏やかな調べとともに、主人公が男を殺したと母親に告白する場面からはじまります。

そして彼はどこかに旅立つと告げます。

ところがその後曲はとつぜんオペラ長になり、ごちゃごちゃとした歌詞が続いた末、ママに「どうか行かせて」と懇願します。

この流れをそのまま受け取ると、殺人を犯した主人公が刑務所または逃亡先へと向かう話のように思えます。

それからさらに曲も歌詞もロック調になり、最後にはまた穏やかな調子に戻ります。

フレディが殺したのは自分(※映画ネタバレ注意)

曲調も歌詞も一見支離滅裂で意味不明な曲なのですが、映画を観た後なら理解しやすいと思います。

映画の内容や作詞作曲がフレディであることから主人公を彼自身と仮定すると、よりわかりやすくなることでしょう。

主人公であるフレディは母親に男を殺したと告白します

その死んだ男とはフレディ自身、正確にはそれまで普通の人間として生きてきた自分です。

人種や容姿、同性愛。マイノリティとして様々なコンプレックスを抱えていたフレディは、もともと内気な青年でした。

コンプレックスを知られたくないという思いが、このように自分を隠しながら生きてきた原因ではないかとも推察できます。(これについてはフレディのやさしさの表れとも取れます。熱心なゾロアスター教徒である両親には結局最期まで同性愛者であることをひた隠しにしています。歌詞や映画を観る限り、両親を傷つけまいとしていた可能性があります。)

やがてクイーンに加入し成功を収めたフレディは、徐々に本来の自分を出せるようになっていきます。

それは両親が望む息子の姿とはかけ離れたものなのですが、もはやフレディには自分を抑え続けることができませんでした。

もう自分を殺して生きることに堪えられなかったからです。

しかしそれが両親を悲しませることになることを知っているフレディは、自分を偽り続けるか、本来の自分として旅立つかという葛藤の狭間を彷徨います

その葛藤は「最初から生まれてこなければよかった」と思うほどでした。

結果的にいい子だった自分を殺し、親元を離れることになったフレディは、曲のなかでそのことを母親に詫びているのです。

無論フレディを育ててきた両親にとっては、急にそんなことを言われても理解できません。

偽っていた姿を本当の彼だと思い込んでいるからです。

激しい闘いの末に本来の自分として生きることになったフレディ

世間からも批判が起こりましたが、自分自身であり続けることに何の問題もないと悟った彼は、バッシングを気に留めません。

フレディがどんな人間であろうと関係なく風は吹きます

そして彼は風のように自由になったのです。

親の期待に応えられない申し訳なさ、自己や周囲との葛藤、本来の自分になった爽快な気分

こうした心の動きを歌詞と曲で表現しているのです。

自分自身であることへの讃歌

このように『ボヘミアン・ラプソディ』は自分自身であることを称える讃歌と言ってよいのではないでしょうか。

もちろんフレディ本人が無くなっているため真意はわかりませんが、そう捉えるとしっくりくると思います。

コンプレックスと向き合い本来の自分となったフレディ。

ボヘミアン・ラプソディ』は往年のファン以外も必見の映画です。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』はAmazonプライムでも配信されています。