伝説のリバウンド王、デニス・ロッドマン。
彼が巻き起こした数々の事件のなかでも特に有名な1993年の自殺未遂事件。ロッドマンはその一件が人生最大の転機だったと言います。
彼は自殺を企てるほど強い希死念慮から立ち直ることができた理由を自伝『デニス・ロッドマンの「ワルがままに」』(徳間書店)で語っています。
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栄光の陰で苦しんだデニス・ロッドマン
Embed from Getty Imagesデニス・ロッドマンは超遅咲きの選手です。20歳の時点でホームレスをしていた彼がN B A 入りしたのは25歳。
後がない状況を理解していたロッドマンは、リバウンドとディフェンスという誰もやりたがらないような地味な仕事に全力を注ぐことで自身の役割を確立します。するとチームも躍進を遂げ、当時所属していたデトロイト・ピストンズは2連覇の偉業を成し遂げました。激しすぎるディフェンスで”バッド・ボーイズ“の異名を持ち、人気チームとなったピストンズ。その中心選手であるロッドマンの名は一躍有名になります。
地位や名誉、お金に女。成功によって20歳の時点では考えられなかった生活を送るロッドマン。
しかしこの栄光が彼を苦しめることとなります。
俺は物質的にほしいものをすべて手に入れてきたつもりだったが、内面的には空虚な魂で覆い尽くされ、ちっとも幸せじゃなかった。
『デニス・ロッドマンの「ワルがままに」』徳間書店 デニス・ロッドマン著 大森新一朗監修 森下賢一訳 P327
冨と名声はロッドマンの心を満たすことができませんでした。物質を得た代わりに、彼の心は傷ついていきます。
その原因の多くは人間への不信感、そして自身の内面の変化によるものです。”大スター”のデニス・ロッドマンに寄ってくる人間、彼を商品として扱うN B A のビジネス的側面、ハングリー精神を失いドライになっていく自分自身。ロッドマンのなかでそういったものに対する疑問が次第に大きくなっていきます。
さらに悪いことが重なり、彼の心の空虚感は強まりました。
チームの成績不振により尊敬していたヘッドコーチが解雇され、信頼していたチームメイトやスタッフもチームを去ります。彼自身の契約内容も含め、募るフロントへの不信感。私生活では結婚からたった82日間で妻と離婚、相手の意向により溺愛していた娘との面会は限りなく制限されてしまいます。
俺は正しいと思ってきたことに身を捧げてきたつもりだった。なのに二連覇を成し遂げたときのコーチ陣やチームメイト、そして世界中の誰よりも愛する娘と、俺にとって大切な人間は皆、俺のもとを去ってしまっていた。そして俺は耐えがたい心の痛みと絶望的な孤独感の中にひとり置き去りにされ、もがき苦しむ羽目になっていた。
P329
栄華の陰で彼の心はどん底へと転がり落ちます。
2人の自分と自殺未遂
Embed from Getty Images1993年4月、デニス・ロッドマンはピストンズのホームアリーナの駐車場に停めた車のなかで、助手席にライフルを置いたまま眠っているのを警官に発見されました。
彼はその直前の自殺を図ろうとしていた夜のことを自伝で回想しています。
ロッドマンは周囲の人間によって多くの苦痛を味わいましたが、彼をなにより苦しめたていたのは彼自身でした。
確かに俺の人生ははたから見れば華やかで幸せに満ち溢れているかのように映ったかもしれないが、周囲の人間が求め、期待する人間でいることに限界がきていた。
P329
ロッドマンは、N B A 選手として世間の見本となるような人間でいることに堪え切れなくなっていたのです。いつからか彼は周囲の望む理想の人間を演じることが習慣となっていました。
自分のアイデンティティを完璧に喪失し、行先も見定められず八方塞がりでいる苦痛は半端じゃなかった。
P330
ライフルの引き金をひく覚悟ができたとき、彼の脳裏を様々な記憶が駆け巡ります。バスケをはじめる前、空港で時給6ドル半の清掃員として働いていた頃。窃盗の罪で逮捕された際の刑務所での一夜。貧困にあえいだ路上生活。苦境から脱出しようと必死にもがいていた過去。
彼は、まだ何者でもなかったそんな日々の方が今よりもずっと幸せだったことに気がつきました。
そんな純粋だったころの自分とスターになってからの偽りの姿。そのギャップが自身を苦しめていることを知ったのです。
明らかに、俺の中には外側と内側、二人の人間が存在していることが実感できた。俺は何としても外側の人間を抹殺し、内側の人間を解放してノーマルな人間に戻る必要性を感じていた。
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偽りの自分を殺し本来の自分になったデニス・ロッドマン
Embed from Getty Imagesようやく俺は、世間に迎合してきた外側の人間を抹殺し、自由になりたいと願う内側の人間を解放する勇気を奮い立たせた。西部劇の決闘シーンのように一〇歩進んだところで振り向きざまに、俺は偽りの自分を装う外側のペテン師を撃ち殺してやった。
P334
ロッドマンは自殺する代わりに本来の自分として生きる決意をしました。
この決意が俺の人生で最大の転機となったことは言うまでもない。
ライフルで頭をブチ抜くことは簡単だったが、俺は逃げずに問題から正面にぶつかり、乗り越えたのだ。
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それ以来自分らしく「ワルがままに」生きているロッドマン。
ですがシカゴ・ブルズでさらなる成功を収めた後にも死への願望を持っていることを明かしています。
俺には死への願望がある。たしかにな。だからって四六時中、頭の片隅で死ぬことを考えながら生きているわけじゃない。誰か俺が自殺するのを止めてくれ、なんて人知れず叫んでるわけじゃない。
P296
事件後の彼が持つ死への願望。それは死を積極的に望むことではなく、運命によって訪れる死を恐れていないという意味です。死ぬまではあるがままに全力で生きる。それが本来の姿になった彼の哲学です。
死に関して、俺は常に正面から向き合うようにしてきた。
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あの夜の出来事を客観的に振り返ると、あの夜下した選択が今の俺につながっていることを強く実感する。今のデニス・ロッドマンこそが最初から、本来あるべき姿だったってことがな。
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2021年で還暦を迎えるデニス・ロッドマン。いくつになっても自分らしく生きる彼のカリスマ性は健在です。
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