『シッダールタ』ヘッセの自己追求の境地【あらすじと解説】

ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』あらすじと解説

ヘルマン・ヘッセの代表作の1つである『シッダールタ』。同書は主人公シッダールタが数々の苦行や経験を経て悟りの境地に至るまでを描いた作品です。

訳者の高橋健二氏は『シッダールタ』を「ヘッセの芸術の一頂点」と評しており、その完成度の高さはヘッセ作品のなかでもトップクラス。執筆にとりかかってから刊行されるまで実に3年の歳月がかかってるところからも、ヘッセの同作にかけた思いがうかがえます。

もともと祖父の代からの宣教師の家系に生まれ、自身の繊細な気質も相まってインド思想の研究に20年以上費やしているヘッセ。同作を書き切るにあたってはヘッセ自身が悟りの境地を体感せざるを得ませんでした。

ノーベル賞作家、ヘルマン・ヘッセが悟りの境地を描いた『シッダールタ』のあらすじや見どころを紹介します。

『シッダールタ』のあらすじ

シッダールタのあらすじ

生に苦しみ出離を求めたシッダールタは、苦行に苦行を重ねたあげく、川の流れから時間を超越することによってのみ幸福が得られることを学び、ついに一切をあるがままに愛する悟りの境地に達する。

―—成道後の仏陀を賛美するのではなく、悟りの境地にいたるまでの求道者の奥義を探ろうとした作品は、ヘッセの芸術のひとつの頂点である。

『シッダールタ』新潮文庫 ヘルマン・ヘッセ作 高橋健二訳 裏表紙より

バラモンの子であるシッダールタ。彼は生まれながらに特別で、その利発さは幼少から群を抜いていました。バラモン僧として育てられ、周囲の期待以上の成長を遂げるシッダールタ。

しかし彼の心は満たされることがなく、常に苦しみを抱えていました。やがて彼は悟りの境地を目指し故郷を出て旅の沙門たちのもとで苦しい修行をはじめます。

ところが修行を続けるうちにシッダールタはあることに気がつきました。それは長年修行を続けている沙門の長老でさえ、涅槃に達する気配がないという事実。

世間で立派とされる苦行は涅槃への道に繋がっていないことを知ったシッダールタは、悟りの境地を求めてさらに旅立ちます。

なおシッダールタとは釈迦の出家以前の名ですが、同作の主人公はあくまで別人として描かれています。

『シッダールタ』の見どころ

従来の修行に疑問を抱くシッダールタ

ヘッセ『シッダールタ』の見どころ

涅槃に至るために大勢の人々が修行を続けているものの、未だかつてその境地に達した人は1人としてありませんでした。多くのバラモンや沙門たちが日夜修行し研究を続けているにもかかわらず、です。

ところがそれでも多くの僧たちは従来の修行を続けています。シッダールタには、それがさながら涅槃に達するという目的から目を背けているかのように感じられました。

そしてシッダールタは瞑想や断食によって至った状態をこう表現します。

それは自我からの逃避、我であることの苦悩からのしばしの離脱、苦痛と人生の無意味に対するしばしの麻酔に過ぎない。

P23

つまり多くの人々が涅槃に達するためにしている苦行は現実逃避に過ぎないと言うのです。さらに「今日までの修行で学んだことなんて、もっと早く、居酒屋でも学べただろう」と。

心を麻痺させ現実から逃れる点において、修行僧も酒飲みも変わらないのです。

ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』解説

ヘッセ『シッダールタ』解説

多くのヘッセ作品に共通するテーマとして、「幸福の追求」や「社会常識への疑問」「アイデンティティの確立」があります。ヘッセ自身がこれらの事柄に悩まされてきたため、作品を通してその答えを発信していると言えるでしょう。

元から聡明な同作の主人公、シッダールタにおいてもそうした特徴は例外なく表れています。作中の社会で立派とされる僧たちのあり方に疑問を持つシッダールタ。彼は彼なりのやり方で悟りの境地=幸福を追求するのです。

また、賢く物知りで幼少より大人びた印象を受けるシッダールタですが、それもほんの一部の社会でのことに過ぎません。広い世界で学ぶうちに、人としての成長を見せていきます

シッダールタが達した悟りの境地は、現代人の心に響くこと間違いないでしょう。