田山花袋の『蒲団』は日本初の私小説と言われています。
主人公=作者という点もさることながら、その実体験を描くという手法は当時の文壇において実に画期的でした。おまけに普通は隠したくなるような痴情を露骨に描写しているところはなかなか真似できるものではありません。
そんな田山花袋の『蒲団』のあらすじと見どころを解説していきます。
田山花袋『蒲団』のあらすじ

『蒲団』の主人公であり語り手となるのは、作者である田山花袋を投影した人物である時雄。作中での彼は33~36歳の文学者(作家)で、妻と2人の子と暮らしていました。妻が3人目の子どもを身籠ったものの、時雄の心中にはマンネリ感が漂っており、新たな女を求めたい衝動と闘う日々。
そんな時雄のもとに弟子入りを志願してきたのが20歳前後の女学生、芳子。彼女とともに過ごしているうちに時雄は、彼と芳子は互いに師弟関係を超えた感情を抱いていると思うようになりました。
ところがある日、時雄は芳子に恋人がいるのを知ります。しかもあろうことか師としてその秀夫という学生と芳子の恋を見守る役目を負わざるを得なくなってしまうのです。
純潔を守っているとは聞いたものの、時雄の心中は複雑な感情が渦巻きます。
時雄(=田山花袋)の揺れ動く感情を赤裸々に描いた『蒲団』。その結末は必読に値するでしょう。
田山花袋の名作『蒲団』の見どころ

当時としては間違いなく中年にあたる時雄とハイカラな女学生、芳子の恋を描いた田山花袋の『蒲団』。
同作は、あらすじを知ったときに惹かれる人と逆に引いてしまう人が極端に分かれるかもしれません。事実『蒲団』と作者である田山花袋に対する評価は当時の文壇でも賛否両論だったようです。
田山花袋がスゴイのは、この「恥」を赤裸々に描き切ったところ。女学生に恋をして、その胸中を包み隠さず表現している点は『蒲団』が傑作と呼ばれる理由の1つでしょう。
そんな田山花袋の『蒲団』の見どころを紹介していきます。
末路の想像がついてもなお引き込まれるストーリー
田山花袋の『蒲団』は冒頭からその結末めいた記述があります。もともと有名な作品であることも相俟って、最初の時点で結末の想像がつく方が多いのではないでしょうか。
しかし『蒲団』が優れた文学作品である所以は、それでもなお引き込まれるストーリーにあります。
実体験をベースにしているため、肌で感じられるほどの臨場感を味わうことができるのです。
時雄と芳子、そして秀夫の関係はどのような決着を迎えるのでしょうか。
田山花袋の傑作『蒲団』は何度読んでも味のする作品です。
誰もが隠すような感情を赤裸々に描写
田山花袋の『蒲団』の特筆すべき点は「誰もが隠すような感情を赤裸々に描写している」ところです。
たとえば、芳子に恋人がいることを知ったシーンでは、
時雄は悶えた、思い乱れた。妬みと惜しみと悔やみとの念が一緒になって旋風のように頭脳の中を回転した。
『蒲団』新潮文庫 田山花袋著 P23
と描写されています。
これだけ読むと普通の恋愛小説と変わらないように思えますが、大切なのはこれが私小説であるという事実。
つまり『蒲団』は田山花袋が実際に体験した出来事や感情をもとにしているのです。さらに付け加えると、これは30代半ばの妻子持ちの中年が弟子である女学生に対して抱いている感情。しかも田山花袋はその時点で小説家として知られている存在なのです。
にもかかわらず、田山花袋は『蒲団』において女学生に恋をし、同じく学生の男に嫉妬し、さらに芳子がまだ処女であることにも拘るという自らの醜態をこれでもかと描いています。
リスクを恐れず、普通なら自分でも認識したくないような感情をあえて高い文章力で描き切った『蒲団』。シチュエーションは違えど、田山花袋は誰もが1度は抱いたことのある複雑な感情を見事に表現しているのです。
実はモデルも判明している
何度も繰り返しになりますが、『蒲団』は田山花袋が実際に体験した出来事をもとにした私小説です。
したがって作中の登場人物たちも実在します。
芳子のモデルは岡田美知代。作中で描かれているように、美知代は田山花袋の弟子であり、『蒲団』の発表によりスキャンダルに巻き込まれてしまいました。
田山花袋に師事していたときの美知代の周囲では概ね『蒲団』で描かれている通りの出来事が起きており、恋人である秀夫のモデルも判明しています。そのため美知代にはスキャンダラスなイメージが定着してしまったようです。
田山花袋『蒲団』に見る私小説の問題

一方で後に作家となった美知代は、『蒲団』をはじめ自身をモデルにしたと思われる作品について田山花袋に反論しています。その内容を端的に表現すると「作品で描かれている出来事は事実とは異なる」というもの。
こうしたモデルによる反論からは、現代まで続く私小説特有の問題が見て取れます。それは「私小説はあくまで小説であり、日記やドキュメンタリーの類とは異なる」というもの。小説である以上、話を盛り上げるために脚色されているのですが、読む側がそこを理解していない場合が多いためこういったトラブルが起きやすいのです。
無論『蒲団』を書いた田山花袋のように、他人の名誉に関わるような出来事を勝手に発表する側にも問題があるのですが、そうしたリスクを負いつつあえて描くからこそ私小説には特有の迫力が生まれると言えるでしょう。
https://wantedtobeloved.com/2019/10/13/yohukenokawani/
田山花袋『蒲団』は人々の秘めたる感情を表現した名作
名作であり問題作でもある田山花袋の『蒲団』。
多くの反論が存在する同作ですが、それほど大勢の人々に注目されたのは『蒲団』が人々がうちに秘めていた感情を露骨に表現することに成功したからにほかなりません。
恋愛をしたときに誰もが味わったことのある感情。醜悪なものと思い鍵を掛け隠していた感情を、田山花袋は見事に表現したのです。
田山花袋の『蒲団』はまさに名作と呼べるでしょう。